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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)4049号 判決 1968年6月13日

原告 東京都建設業信用組合

右代表者代表理事 曽根光造

右訴訟代理人弁護士 秋山昭八

同 石川良雄

被告 日置専吉

右訴訟代理人弁護士 佐藤吉将

被告 村越忠司

右訴訟代理人弁護士 小林勝男

主文

被告日置専吉は原告に対し別紙物件目録記載の土地について東京法務局福生出張所昭和四一年五月一九日受付第四五九三号をもってした昭和四一年五月一三日の停止条件付代物弁済契約を原因とする停止条件付所有権移転仮登記の本登記手続をしなければならない。

原告の被告村越忠司に対する請求を棄却する。

訴訟費用は全額を二分してその一を原告の負担としその余を被告日置の負担とする。

事実

当事者の申立

(原告)

被告日置に対し

主文第一項と同旨ならびに訴訟費用は被告の負担とする旨の判決を求める。

被告村越に対し

被告村越は、原告に対し、原告が別紙物件目録記載の土地について東京法務局福生出張所昭和四一年五月一九日受付第四五九三号停止条件付所有権移転仮登記の本登記手続をなすことを承諾せよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

(被告日置)

請求棄却、訴訟費用は原告の負担とする

との判決を求める。

(被告村越)

主文第二項と同旨ならびに訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求める。

当事者の主張

(原告)

第一、請求の原因

一、原告は、昭和四一年五月一三日被告日置との間で別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という)につき、訴外日置建設株式会社(以下訴外会社という)の原告に対する、手形貸付、手形割引、証書貸付、当座貸越などによって生ずる債務につき、根抵当権を設定すると共に、訴外会社が弁済を遅滞し、或は支払を停止したときは、本件土地を三〇〇万円と評価し、訴外会社の原告に対する右債務について同額の代物弁済としてその所有権を原告に移転する旨の停止条件付代物弁済契約をし、これに基いて、本件土地につき、昭和四一年五月一九日東京法務局福生出張所受付第四五九二号をもって根抵当権設定登記を、同第四五九三号をもって停止条件付所有権移転仮登記を各了した。

二、訴外会社は、原告に対し、昭和四一年一一月三〇日に弁済しなければならない手形貸付金債務合計八〇〇万円の支払いをしないので前記停止条件付代物弁済契約は同日の経過により条件が成就し、原告は本件土地の所有権を取得した。

仮に右が代物弁済の予約であるとすれば昭和四二年八月二三日午前一〇時の口頭弁論期日において予約完結の意思表示をした。

三、被告村越は、本件土地につき、昭和四二年四月二一日東京地方裁判所八王子支部昭和四二年(ヌ)第三七号により、競売の申立をし、その開始決定を得て昭和四二年四月二四日東京法務局福生出張所受付第四四八六号をもってその旨の登記がある。

四、よって被告日置に対しては右仮登記に基く本登記手続を被告村越に対しては右本登記手続をすることの承諾を各求める。

第二、被告らの主張に対する原告の主張

本件土地は、原告が代物弁済により所有権を取得した当時の価格は九三〇万円である。

本件土地については原告より先順位の抵当権として訴外八千代信用金庫のために四〇〇万円の抵当権が設定されているので右価格よりこれを差引けば結局五三〇万円の価値しかないことになる。

原告の本件土地についての被担保債権は三〇〇万円であるが、原告が訴外会社に対して有する債権は総額二三五八万一四二九円とこれに対する日歩五銭の割合による遅延損害金債務であって訴外会社には本件土地を除いては他に回収し得る資産はない。

したがって原告としては、本件土地の所有権を取得したうえ将来これを有利に換価し可能な限り前記債権の回収をはかる必要がある。

以上のとおりであるから、代物弁済により本件土地を取得することは何ら権利の乱用ないしは暴利行為に当るものではない。

また本件土地建物の価格は前記のとおりであるから、被担保債権額との間に、被告ら引用の最高裁判所判決にいうところの、合理的均衡を失するものではなく、仮に合理的均衡を失するとしても、原告債権の総額は前記のとおりであり、また前記のとおり他に資産がないのであるから右判決にいうところの特別の事情があるというべきである。

(被告日置)

第一、請求原因に対する答弁

請求原因第一項の事実は認める。その余の請求原因事実は否認する。

第二、仮定的主張

(1)  原告主張の代物弁済契約は停止条件付代物弁済契約ではなく代物弁済契約の予約と解すべきであるから予約完結の意思表示を要する。

(2)  本件土地は原告主張の代物弁済契約がなされた当時その価格は一一六〇万円位であり、昭和四二年八月頃の価格は一四〇〇万円位であるところ、これを三〇〇万円の債務の弁済に代えて所有権を取得することは本来の債権担保の目的を超えて暴利を得ようとするものであって権利の乱用である。

(3)  三〇〇万円の債務の支払に代えて一四〇〇万円の価格を有する本件土地を取得しようとすることは暴利行為であって無効である。

(4)  たとえその契約の内容において代物弁済の表示がなされている場合であっても、単に代物弁済の形式を利用して目的物件より優先弁済を受ける趣旨にすぎないものである。この点は既に最高裁判所判決によって判示されたところである(最高裁判所昭和四〇年(オ)第一四六九号、同四二年一一月一六日判決)

これを本件についてみるに手形貸付金三〇〇万円の貸金債権担保のために根抵当権を設定すると共に併せて停止条件付代物弁済契約がなされているのであり、しかも本件土地の価格と被担保債権額とが均衡を失っているのであるから、右代物弁済契約は、本件土地を換価してその代金により右被担保債権の元利金の優先弁済を得れば足り、その結果剰余金があれば債務者に返還される趣旨のものと解すべきである。

本件においては本件土地につきこれを換価して第一順位の債権者に弁済しても、原告の被担保債権の弁済に充ててなお相当の余剰のある見込があるのであり且つ既に被告村越において、被告日置に対する一五〇〇万円の手形債権に基いて、その満足を得るため本件土地につき競売申立中であるから原告はその手続中において優先弁済を受ければ足りるのであるから代物弁済を理由として所有権移転の本登記手続およびそのための承諾を求めることは許されるべきではない。

原告が訴外会社に対して右被担保債権額を超えて債権を有するとしても本件不動産については何ら直接の関係を有するものではないし、被告日置は本件土地の他にも原告に対し担保物件を提供してある。

(被告村越)

第一、請求原因に対する答弁

被告村越において原告主張のとおり本件不動産につき強制競売の申立をした事実は認める。その余の事実は知らない。

第二、仮定的主張

被告日置の仮定的主張(2)ないし(4)の各主張と同趣旨に帰するのでこれを引用する。

証拠≪省略≫

理由

請求原因第一項の事実は原告と被告日置との間においては争いがなく、原告と被告村越との間においては、≪証拠省略≫を総合してこれを認めることができる。

≪証拠省略≫によると、原告は訴外会社に対し、右貸付契約に基いて昭和四一年八月一日三〇〇万円を、同月三日五〇〇万円をいずれも弁済期を昭和四一年一一月三〇日と定めて貸付けたが、訴外会社は弁済期日にその支払いをしなかった事実が認められ、これに反する証拠は見当らない。

原告は右弁済期日の徒過により、前記停止条件付代物弁済契約の停止条件が成就し、代物弁済により当然に所有権を取得した旨主張する。

しかし、本件土地について右停止条件付代物弁済契約と同時に、同じ債権を目的として根抵当権の設定契約をしたことは原告の自ら主張するところであり、このような場合においては、特段の事情のない限り、契約の文言上は債務の不履行を停止条件とする代物弁済契約と表示されていても、契約当事者の意思は、債権回収の方法として根抵当権の実行と、代物弁済による所有権の取得とを債権者に選択させる趣旨であると解するのが相当であるから、被告らの主張するとおり契約の文言に拘らず代物弁済の予約と解するのが相当である。

ところで、原告が昭和四二年八月二三日午前一〇時の本件口頭弁論期日において右代物弁済予約完結の意思を表示し、被告日置にその意思表示が到達したことは本件訴訟手続上明らかなところである。

そこで右代物弁済契約およびその予約完結権の行使が暴利行為ないしは権利の乱用であって無効である旨の被告らの主張について考える。

本件土地の、右代物弁済契約成立の当時およびその予約完結権行使の当時における価額については当事者間に争いのあるところであるが、被告らの主張するところに従って考えるとしても、代物弁済契約の当時においては一一六〇万円、予約完結権行使の時においても一四〇〇万円程度というのであり、本件土地につき元本極度額を四〇〇万円とする先順位根抵当権が設定されてあること、後に説示するとおり代物弁済により所有権を取得したのちも原告に清算義務があって本件土地を換価した代金額のうち被担保債権額を超える部分については当然には原告に帰属すべきものでないことなどの点を考え併せると、右代物弁済契約の成立においてはもちろん担保権の実行の方法として予約完結権を行使することも何ら権利の乱用ないしは暴利行為になるということはできないものというべきである。

最後に被告らの主張(4)について考える。

一般に、継続的取引関係から生じ、将来その金額が確定すべき債権について、根抵当権の設定と共に代物弁済の予約(或は停止条件付代物弁済契約)のなされた場合においては、当事者間において明確な反対の意思が表示されているなどの特段の事情のない限り、契約当事者の意思としては、専ら、債権の優先的弁済を得る目的、すなわち、債権担保の目的で、その手段としてなされたものと解するのが相当である。(被告引用の前記最高裁判所判決参照)

従って、予約完結権の行使、或は停止条件の成就によって代物弁済の効果を生じた場合であっても、それは、被担保債権について、簡易かつ確実に、優先弁済を得させる手段として、債権者にその所有権を帰属せしめる趣旨に過ぎないものであって、債権者においては目的物件を換価してその代金を被担保債権に充当してなお剰余あるときは、これを債務者に返還すべき清算義務があるものというべきである。

そしてこのような場合において、目的物件について後順位抵当権者があってこれに基いて競売の申立がなされ、或は他の一般債権者によって目的物件について強制競売の申立がなされるなど換価清算のための手続が開始されているときは、その手続内において優先弁済を受けることによってその本来の目的は達せられるのであるからこれら後順位抵当権者或は一般債権者に対しては代物弁済による所有権取得の主張は右目的の範囲内において自ら制限され、右換価手続の実行を妨げこれと相容れないような主張はできないものというべきである。

これを本件についてみるに、本件土地についての原告主張の代物弁済契約(その実質が代物弁済の予約であることは前判示のとおりであるが、便宜上単に代物弁済契約という)が、原告と訴外会社間の手形貸付、手形割引証書貸付、当座貸越契約など、継続的な融資関係から生ずる債権を目的としてなされたものであること、右代物弁済契約と同時に本件土地につき同じ債権の担保を目的として根抵当権を設定し、いずれもその被担保債権額を三〇〇万円と定めたことは原告と被告日置との間で争いのない前記事実および被告村越との間では前記証拠によって認定した事実および弁論の全趣旨に照らして明らかなところである。

してみると本件代物弁済契約はまさに債権担保の目的でなされたもので、代物弁済により本件土地建物の所有権が原告に帰属したとしても、換価代金の額が被担保債権額を超える場合は債権者たる原告はこれを担保提供者たる被告日置に返還すべき清算義務を負っている場合にあたるものというべきである。

本件土地の価額については当事者間に争いのあるところであるけれども、原告らの主張するところによっても、原告が代物弁済により所有権を取得した当時の価額は九三〇万円程度であるというのであるから、原告の主張する先順位抵当権者の被担保債権四〇〇万円および原告の被担保債権の弁済に充当してもなお相当額の剰余のあることが明らかである。

そして被告村越が、本件土地につき昭和四二年四月二一日東京地方裁判所八王子支部昭和四二年(タ)第三七号により強制競売の申立をし、その開始決定がなされて競売手続が開始されたことは当事者間に争いのないところであるから上来説示したところにより原告は右競売手続の中において債権の優先弁済を受ければ足り、被告村越も換価代金中より優先する債権者の弁済に当てて剰余の見込みのある限り剰余金より弁済を受け得る利益を有するのであるから、被告村越に対し、これを否定するような主張ないしは請求をすることはできないものというべきである。

このことは、当該代物弁済契約が前説示のとおり債権担保の目的でなされたもので清算義務を伴うものと解せられる以上、目的物件の価額と被担保債権額および換価に要する費用のほかに相当額の剰余があれば足り、原告の主張するようにその間に数倍ないしは一〇数倍の差のあることは要しないと考えられる。また原告が被担保債権のほかに多額の債権を有しているとしても、それが被担保債権に含まれない限り優先弁済を受けられるものではないから、当事者間において右債権をも含めて本件土地、建物により弁済に当てる合意があったものと認められる事情のない限り、前説示のように解することの妨げとなる特別な事情と解することはできない。

以上のとおりであるとすると、原告の請求中被告日置に対し、代物弁済により所有権を取得したとして本件土地の所有権移転登記手続を求める部分は理由あるものとして認容することができるが、被告村越に対しその承諾を求める部分は失当として棄却するのほかない。

よって民事訴訟法八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長 川上正俊)

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